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霊的体験・金縛り対策治し方
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    わたくしの実体験をもとに記載しています。

    1,霊的体験 「コックリさん」
    2,金縛り
    3,金縛り治し方・対策
    4,葬式の霊的体験
    5,葬式の霊的体験2
    6,愛犬の死
    7,愛犬の死 2
    | 霊的体験・金縛り対策治し方 | 13:32 | comments(0) | trackbacks(0) |
    愛犬の死 2
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       “ゆり”は、16歳という犬としては高齢な生涯を終えた。その息を引き取る最後の瞬間に遠く離れた私に会いに来てくれました。

      目も耳もほとんど効かない状態で、歩くのにもよぼよぼ状態なのに、私に会いに来てくれました。このことが、どんなに私にとって幸せなことでしょうか・・・

      不思議なことに、ゆりが死んだ悲しさよりも、幸福感が勝っていました。絶対に会えないはずなのに、夢の中とは言え、会えたことは私にとって、事実でしたから。

      それから月日は流れ、私も結婚しました。それからすぐに、犬を飼いました。

      ペットショップにいる、いとこに頼んであった、ミニチュアダックスフントが生まれたからと言って1匹持ってきてくれました。

      名前は“モモ”となずけました。めす犬です。初めは、全く啼かない犬でしたが、ある日人が来たとき、ちょっとだけ吠えました。「番犬になっていいぞ!よしよし」とほめてあげました。

      それからです。もう人が来ようものなら、小さい体のどこからこんなに大きな声が出るんだろうと思うぐらいな大声で吠えるのです。

      結婚した当時は犬はOKの一軒家で暮らしていたのですが、引っ越すことになり、そこでは犬は規則で飼えませんでした。仕方なく実家に預けました。

      もともと、てんかんの持病があり、薬が切れると発作が出てしまうのでした。てんかんになると、急に目が点になり、体が震え始め立っていられなくなり、倒れてしまうのです。

      吐いてしまったり、おしっこをしてしまったりでした。実家へいってから、年をとってきたせいか、てんかんはほとんどならなくなったのですが、おなかにポリープが出来てしまいました。

      手でおなかをなぜるとごろごろといくつもポリープがあるのがわかりました。犬猫の病院へ連れて行き、すぐ入院ガン摘出となりました。1週間後家に連れて帰ってきました。

      おなかというより胸からお腹にわたり縦に全部切られて縫合されていました。

      こんな小さな体で良く頑張ったな・・・。

      しばらくは吠えることも、歩くこともなかったですが、徐々に回復していき1か月もすると小走りが出来るようになり、3か月もするともうほとんど元気になってきました。

      療養中は一緒に暮らせて幸せでした。でも、元気になると吠えてしまい、ここでは飼えないので、また実家へ仕方なく預けました。

      それからたまに会いに行くのですが、あまり喜びません。きっと一緒に暮らせないから、すねているのかなと思いました。

      「私だって一緒に暮らしたいけど暮らせないんだよ、ごめんね」となぜてやると、おとなしくしていた気がします。きっと一緒に暮らせないことを、わかっていたんだと思います。

      ・・・今こうして、思い出してブログを書いているだけで、涙が止まりません・・・

      ガンの手術してから3年後また、具合が悪くなってきました。もう2度目の手術には耐えられません。このまま様子を見るしかありませんでした。

      ある日私は実家の家の倉庫へ仕事の道具を取りに行きました。倉庫の中で探し物をしていると、尻尾を振りながら近ずいてくる、小さな犬がいました。見るとモモでした。

      私は、びっくりしました。なぜって、モモは具合が悪く、もうここ1週間はハウスの外に出ていませんでした。もっと驚いたのは、ハウスの外には、スチールのフェンスがあって、鍵がかけられています。

      どうやって出たのかわかりません。具合が悪く、とても歩ける状態でないはずなのに。ハウスから倉庫まで、300m以上あります。そしてハウスから倉庫は見えない位置です。

      ましてや、そこに私がいることもわからないはずです。私は、これはきっと何かあると思って、モモを抱っこしました。そして家に連れて帰ることにしました。

      モモは私に抱っこされると安心したのかぐったりとして、もうほとんど動かなくなりました。もう駄目かもしれない。直感でそう思いました。

      家に着くと、幸いにも家族がみんながいました。モモは、10歳。長男9歳。長女7歳。二男4歳。妻33歳私36歳の時でした。

      モモはその生涯最後の瞬間を、家族全員のもとで、そして私に抱っこされながら死んでいきました。

      私は、自分の親が死んでもこんなに泣かないと思うぐらい泣きました。家族みんなも泣きました。思いっきり声を出して、泣きました。それは、自分への後悔です。

      モモと一緒に暮らすことが出来なかったモモへの罪悪感です。

      モモがどれくらい一緒に暮らしたかったか、最後のモモの行動でわかります。

      『ごめんね、ごめんね・・・』私はモモに謝るしか出来ませんでした。

      許してくれるのか、わかりませんが今も犬を飼っています。しゃべれないだけに、気持ちを察してあげなければなりません。そう思って今の犬とは接しています。

      無き“モモちん”へ捧ぐ
      | 霊的体験・金縛り対策治し方 | 15:51 | comments(0) | trackbacks(0) |
      愛犬の死
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         この話は私が実際に体験した話です。

        私が小学校へ上がる年に、父が家に小さな芝犬を連れてきました。以前飼っていたスピッツがいなくなってしまったからです。名前は“ゆりか”と父がつけました。めす犬です。

        母の言うにはどうやら父の元彼女の名前らしいです。それはともかく、“ゆりか”はその生涯でたぶん一度もその名前では呼ばれなかったと思います。通称“ゆり”。このなまえで呼ばれていました。

        ゆりはとても気性が強くて、飼い主でも噛み付くとペットショップの人は言っていましたが、実際にかまれたことはありませんでした。しかし、ご飯中のときとか近づくと「ウ〜」と鼻にしわを寄せてうなることもありました。

        当時はまだ散歩は離し飼いで、外で自由に遊ばせて30分ぐらいたつと家に戻ってきました。それに、口笛で呼ぶとすぐ戻ってきたので放し飼いはいつものことでした。

        私が中学3年のとき、学校から帰ると、ゆりはいつものように、放し飼いで道路を走り回っていました。その頃になると自動車の量も増えてきました。その日、ゆりは運悪く自動車にはねられてしまいました。

        「キャイン〜!」とゆりの鳴く声が聞こえたので、すぐそばに駆け寄って見ると、「ハア、ハア」と息苦しそうに道路に横たわっていました。負傷していたのは片方の足でした。

        見ると、骨がボッキリ折れていて、ぶらぶら状態でした。すぐ抱きかかえて、家まで戻りました。家には誰もいませんでした。私はとっさに以前本で読んだことのある、骨折した時の応急処置を思い出しました。

        だめもとでとにかくやってみることにしました。適当な当て木を作って、マスキングテープを出して、横たわっているゆりのところへ戻り、すぐ応急処置を始めました。

        折れている足をいったん少し伸ばし、そしてまっすぐに元に戻した状態で、両サイドに当て木して、マスキングテープでぐるぐると包帯のように巻きつけて固定しました。

        その間、ゆりはおとなしく、されるがままでした。仕事から帰った父は、「こんなことで治るわけないよ」と言ってました。応急処置の仕方を説明すると、「それならそのままにしとけばいいかも」と納得しました。

        1か月がたつころ気がつくとゆりは、時々骨折した方の足を地面に少し付けるようになりました。私は骨折した足のマスキングテープを外してあげました。骨は完全につながったようです。

        それから半年くらいは、見ているときは片足で歩き、見てないときは骨折した方の足も地面につけるようになりました。犬でも、同情されたいんだな〜そう思ってました。

        それか、私を見るたびに思い出しているのかも知れません。交通事故のことを・・・。

        それから月日は流れて私も社会人になり、家を離れて暮らすようになりました。たまに帰ってゆりに合うのが楽しみでした。

        それから3年後、ゆりはもう16歳。その頃になるとゆりは、白内障で目が良く見えず耳もかなり聞こえなくなっていました。たまに家に帰ると、見えてないのにゆりに近づくと尻尾を振って喜んでくれました。

        人間で言ったら80歳以上でしょうか。かなりよぼよぼしてきました。それから数カ月後、ある朝私は、夢を見ました。ゆりが夢に出てきたのです。でもなぜかその時ゆりの頭がぱっくりと割れてしまったのです。

        そしてその場に横たわってしまいました。

        そこで目覚めて、いやな夢だなと思いながらふと気になって、家に電話を入れました。

        母が電話に出ると、いきなり「今朝おきて見るとゆりが死んでた・・・」と悲しげに話してくれました。「2~3日前から寝てばっかりで、今朝も寝ていると思ったら息してなかった。眠るように死んでいったよ・・・」と私が話をする前から喋り始めました。

        私は「今朝、夢でゆりが死ぬのを見たよ・・・」と母にいうと、「やっぱり最後は一番好きだった人のところに行くんだね・・・」と言いました。

        私は最後のゆりに会いたかったけれど、ゆりは、ゆりの生涯の最後の瞬間に、ゆりの方から、私に会いに来てくれました。だから、私のその最後の瞬間に会いたかった気持ちが救われました。ありがとう“ゆり” (涙・・・涙)
        | 霊的体験・金縛り対策治し方 | 07:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
        葬式の霊的体験2
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          前回の続き

          この話は私が実際に体験した、義父の葬式にまつわる話です。

          お経のBGMが聞こえてくる以外は、何もなく葬式も終わると思っていました。義父の火葬が終わり、親戚一同、一人づつ箸(はし)でその焼け残った骨を骨壷(こつつぼ)に入れて行く儀式も終わました。

          そして、火葬を取り仕切っている葬儀会館の方が最後に、頭蓋骨(ずがいこつ)をつぼに入れました。どう見てもつぼからはみ出しています。その方は、頭蓋骨にタオルを載せた後、上から力強く押しました。

          「ぐしゃ!ベリベリ!」と骨がつぶれる音が、みんなに聞こえました。「なんてことするの・・・!」と私には左横にいた義母の声が聞こえました。見ると目から涙がこぼれ落ちていました。

          そして会館の方は「これで最後のお別れです」と言って、骨壷の蓋(ふた)をしめました。

          その蓋をしめる瞬間です!私の右肩を強くポンとたたく人がいました。

          その瞬間「頼んだよ!」と声も聞こえました。聞こえたというより、感じたんです。

          肩を叩かれたときに、すぐ後ろを振り返ったのですが、すぐ後ろには、誰もいません。誰かがわざわざそばに来て叩いたとしてもすぐに、戻れる状況とは考えられませんでした。

          瞬間移動できる人ならともかく、あの静まり返った厳粛な中で音もたてず、機敏に動けるはずがありません。とっさに、理解しました。さっきまですぐ後ろにいたのは、死んで火葬され骨になった義父だ
          と。

          ポンと肩を叩いたのは、「これでこの世との最後の別れ。後は頼んだよ!」と骨壷に収まっていくまさにその瞬間だったのです。火葬を取り仕切っていた方の言っていたとうりだったのです。

          このことを誰にもしゃべる気にはなりませんでした。言ってみたところで、自信過剰のナルシスト扱いされかねません。しかし、そのあと帰りのバスの中で、私に「OO君がしっかりしなきゃだめだよ、義母さんのこと頼んだよ!」と義父の妹さんに言われました。

          私は「義父にもさっき肩を叩かれてそう言われました。」と言うと、義叔母は「OO君なら大丈夫だよ、優しいから・・」そう言って何かを理解してくれて、うなずいてました。

          私は、一人暮らしになった義母に一緒に暮らすように、説得しました。すぐは来ませんでしたが、しばらくして一緒に暮らすことが出来ました。3年間一緒に暮らしてから、また1人暮らしがしたい。というので、今は1人暮らしです。

          一緒にいた3年間は、連れ相を失ったさみしさからは少しは、孫や娘たちと一緒にいることでまぎれたんではないかと思います。今は、誰の気使いもいらない、気楽な1人暮らしが楽みたいです。元気なうちはそうさせてあげたいです。




           全国対応、低価格のシンプルな葬儀【小さなお葬式】
          | 霊的体験・金縛り対策治し方 | 07:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
          葬式の霊的体験
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             これは私の実体験の話です。

            私はまだ小学校3年生。人の死というものがどういうものなのか良くわかってませんでした。おばあちゃんがおなかが痛いと言って、今日、入院したから、と母に言われて、そうなんだ。とあまり驚かなかったのを覚えています。

            しかしその晩、病院から、おばあちゃんがなくなったと、連絡が入りました。あまりに急で、家族みんな驚きました。年は60歳。決して年寄りではなかったと思います。

            葬式の前日、朝から外で大勢の人(5〜60人かそれ以上)がガヤガヤと集まっているのを感じて、目が覚めました。当時は、家のすぐそばに、大きなバスターミナルがあって、かなり広いスペースあったのですが、そこから大ぜいの声が聞こえてきたのです。

            耳をそちらの方へ傾けると、どうやら大ぜいのお坊さんが、一斉にお経を合唱しているのでした。私は、その時のことを良く覚えてますが、そのことを母に「お坊さんたちが集まってお経を唱えているね~」と話すと「お葬式は明日だから、今日聞こえるはずないね・・・」と言っていたのを覚えています。

            明日になれば聞こえるんだと思って、でも、今は自分だけしか聞こえてこないのかな〜と思いました。その大ぜいのお坊さんの合唱は、1日中聞こえていました。葬式の日の朝、やっぱり聞こえていたので、確認しに行きました。

            バスターミナルが見えてくると、お坊さんの姿は全くありませんでした。が、声は聞こえていたのです。不思議に思いながらも、葬式に出ました。ずっとBGMのように、お経の声は聞こえてましたが、おばあちゃんの骨をお墓に入れたら、声がやみました。

            私は、この体験を人に話したことはありませんでした。話したところで、そんなこと誰が信じてくれるでしょうか・・・

            それから月日は流れ、また似た体験をしました。

            私は40歳過ぎていました。妻の父の葬儀の前日のことです。宿泊先の葬儀会館に入ったときから、BGMでお経が流れていました。

            いまどきの葬儀屋さんは乙なことするんだな〜と思っていました。夜9時ころになり、父方の叔母に「いつまでこのBGMを流してるんですかね~」と話すと「何も聞こえてませんよ〜」と言われました。

            「え!聞こえてないって・・・なにも聞こえてないんですか?」とそばにいた妻方の叔母に話すと「どこから聞こえるの〜? 何が聞こえるの〜?」と逆に聞かれたので私は、自分しか聞こえてないんだとはっきりとわかりました。

            私は、お経の聞こえて来る場所を探しに席を立ち、歩き始めました。それは、トイレのほうから聞こえてきました。恐る恐るトイレに入りました。そこはとてもきれいな清潔なトイレでした。この会館は出来たばかりなので、すべてがまだ新しいのでした。

            しばらく耳を澄ますと、仕切られたドア越しのトイレの中から強くはっきりと聞こえてきました。
            そのトイレは空きマークだったので、ドアを開けてみようと思いました。

            しばしためらいましたが、ここははっきりと確かめておこう!そう思ってドアを開けました。

            誰もいませんでした。でもはっきりと聞こえるのです。その声のする場所へ耳を近づけました。そこは水洗便器の中に溜まっている水の水面からでした。

            お経の声ははっきりと水洗便器の水の水面から聞こえていました。あまりにリアルに鮮明に聞こえるので、私は、便器に何か仕掛けがあって聞こえてくるんだと思いました。

            トイレから戻り、そのことを妻に話しました。すると妻は、確認してくると言って、妻と妻の妹2人の合わせて3人で見に行ってくれました。

            しばらくすると、3人が帰ってきたので「どう?仕掛けあったでしょ!」と私がいうと、
            「お兄さん、悪い冗談やめてね〜」と義妹たちに怒られました。

            妻は、「あなたにしか聞こえてないんだよ・・」と言ってくれましたが、義妹らには信じてもらえませんでした。義妹らをからかったチョイ悪親父になってしまいました。

            ましょうがないね、こればっかりはとあきらめました。次の日もずっとBGMは流れていましたが、そのことを話すことはもうありませんでした。 

            < 2へ続く・・・> 


            全国対応、低価格のシンプルな葬儀【小さなお葬式】
            | 霊的体験・金縛り対策治し方 | 12:49 | comments(0) | trackbacks(0) |
            金縛り治し方・対策
            0
              <金縛りの直し方・対策>

              18年間ほぼ毎日、金縛りになっていた私が、金縛りから解放されたのは、宜保愛子さんのテレビ番組を見て、その時に彼女が番組の中で言った言葉のとうりにした時でした。

              宜保愛子さんは番組の中でこんな風にいいました・・・

              『金縛りをなくす方法は、簡単です。コップにお水を汲んで寝ている部屋に置き、金縛りになったときに、霊に向かって「お水はあなたのために用意しました。」と心で伝えてあげてください。

              そして金縛りになっているあなたの宗教の言葉でたとえば「南無阿弥陀仏」とかその霊に唱えてあげてください。これを3晩すればもうなりません。』と彼女は言いました。

              私は半信半疑でしたが、18年間、ほぼ毎日続いた金縛りがこれで治るんならと、すぐその晩にやってみました。

              枕元にコップ一杯の水をおいて、そしていつものように金縛りになりました。「これはあなたのために用意しました。飲んでください。南無阿弥陀仏・・・」唱え始めてすぐに体は軽くなり楽になりました。

              毎晩のように苦しい思いをしたのがうそのように、体は軽くなり、重圧感がなくなりました。

              次の日はもう金縛りになりませんでした。ほぼ毎日18年間なっていた金縛りが、たった一回のおまじないで消えるとは思いませんでした。以後ごくまれに年に1回ぐらい金縛りになりそうになりますが、

              そのときには「南無阿弥陀仏・・」と念じると金縛りから解放されます。

              最近では金縛りを霊的な現象ではない、レム睡眠がおこす夢のようなもの。と理解していますが、そうなのかもしれません。一番の原因は自分の心の中の弱さだったと今は思います。

              恐怖心が、レム睡眠になったとき金縛り状態を作るのだと思います。自縛霊つまり自分で自分を縛りあげてしまう霊つまり、自分の中の弱い自分が正体ではないかと私は思います。

              けれどそれがわかったのはつい最近でした。当時は全く理解できず、金縛りになるのは、とにかく悪い霊だとずっと思っていました。

              ですから当時の私にとって、彼女の言葉は本当にありがたかったです。

              宜保愛子さんのことをいろいろ悪く言う人がありますが、私は彼女のおかげで救われました。確かに、テレビ番組ではやらせもあったと思います。しかし、彼女のすごさをテレビでは表現しにくかったんだと思います。

              表現しにくいものを表現しようとするから、やらせになってしまうんだと、私は思うのです。

              宜保愛子さん本当に心からありがとうございました。安らかにお眠りください。私は信じていますあなたのことを・・・。
              | 霊的体験・金縛り対策治し方 | 07:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
              金縛り
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                「こっくりさん」のつづき

                コックリさんをちゃんと返さないとまずいことになるのは、私も知っていました。私がコックリさんを呼んだわけじゃないんだし、私には関係ないと自分に言い聞かせて布団にはいりました。

                いつもなら気にしない、窓の外が気になって、なかなか寝付けませんでした。

                どのくらいたったのか、突然、目の前が真っ暗になりました。部屋の電気は点いていたはずなのに・・・そう思っていると、窓の外で同年代位の男の子が2〜3人でしゃべっている声が聞こえてきました。

                こんな夜中に誰だろう・・・まず中には入ってはこないからと思っていると、そんな思いとは裏腹に、いきなり風のように窓を通り抜けて、部屋に入ってきました。そして彼らはすっと私に近ずいてきました。

                そのうちの一人が私の耳元で「田中君じゃないか!」と懐かしそうな声でしゃべってきました。

                その時のことは、今でも鮮明に覚えています。あまりにリアルではっきりと聞き取れる声で、喋ってきたのにはびっくりしました。夢では声とか聞いたことなかったから、これは夢ではないと思いました。

                私は「田中君じゃないし!」と言おうとしましたが声が全く出ません。勝手に人の部屋へ入ってきて非常識なと思いながら、彼らを出そうとしましたが、全く体が動きません。

                声も出ないし体も動かない。なすすべもなく、しばらくは、彼らの話すことを聞いているしかありませんでした。

                しばらくすると、急に体はす〜と元に戻り、それと同時に彼らもいなくなっていました。私は彼らは、コックリさんで呼んだ時の、人たちだったのかと・・・。その時はそう理解しました。

                今度来たら、「俺は田中じゃないから、もう来ないでくれ・・」と言って追い返そうと思いました。

                次の日もやっぱり彼らはやってきました。でもまたしても体が動かず、声も出ません。しかも昨日よりも人が増えている。当時はまだこれが金縛りだと理解していませんでした。同じような日がしばらく続きました。

                きっとまた金縛りの時はしゃべれないのだから、こころで念じればいいんだ!テレパシーのように・・彼もしゃべるというより直接私の脳にしゃべっている感じだったから。鮮明に聞き取れたからそう思う。今度来たら心でしゃべろうと、決めました。

                次の日の夜、やっぱり彼はやってきました。なれなれしい感じで、彼はしゃべってきました。私は「田中じゃないんだよ、だから来ないで・・・」と心で彼に伝えました。

                彼はしばらくは納得しませんでしたが、私がずっと心で繰り返して言っていると、あきらめたのか少しずつ私から離れて行きました。

                良かった!これで解決したと思って少し安心しましたが、これがほんの序章でしかないこととは、その時は思いませんでした。

                次の日は、もう来ないだろうと思っていましたが、別の物がやってきました。人間なのか動物なのか良くわかりません。言葉が通じないようです。体はしびれていて、ただ我慢するだけです。

                次の日はまた別の何かがやってきて、私の体にのっかってきました。苦しくても声も出せず、身動きできませんでした。

                こんな日がほぼ毎日延々と18年続きました。

                (私の実体験をもとに書いています)

                当時はまだ、レム睡眠のこととか知りませんでした。金縛りが霊現象でもなんでもないことは、今は理解してますが、初めて金縛りになってから、金縛りを克服するまで18年掛かりました。

                次回は金縛りを完全に克服した話です
                | 霊的体験・金縛り対策治し方 | 10:03 | comments(0) | trackbacks(0) |
                霊的体験 「コックリさん」
                0
                   これは実際に私が体験した話です。
                  私の生まれたのは1960年。それから10年後の1970年代はコックリさんが大流行していました。私が11歳小学校5年頃、学校でも女の子がコックリさんをして遊んでいました。

                  こっくりさんとはたぶんきつねの霊、この霊を呼んで、あらかじめ用意しておいた、「50字のひらがな」と「はい」と「いいえ」それと「鳥居の出入り口」を書いた紙の上で、10円玉をのせてその10円玉の上にみんなの指をのせて、いろいろな質問をこっくりさんに聞いてみるという遊びでした。

                  「こっくりさん、こっくりさん、お入りください」と言って鳥居に10円玉をおいて、「いらっしゃいましたら、はいへ進んでください」と唱えると、なぜか「はい」の方へ10円玉が動くのでした。

                  みんなの指がのっかっているので、誰が動かしているかわかりません。きっと誰かが動かしているのだろうと、みんながそう思っていました。初めは面白半分に適当な質問をして結果が、妥当だと、皆でクスクス笑っていました。

                  質問もだんだんシリアスになり、本人にしかわかり得ないことまで、ズバズバと当てていくので、怖くなってやめてしまう人もいました。ただし、最後にちゃんと「こっくりさんありがとうございました。お帰りください。」と言ってちゃんと鳥居のなかへ戻してあげなければいけません。

                  なぜ10円玉が勝手に動くのだろう・・・しかもあたっている・・・

                  ところがある日、クラスの女子2~3人がこっくりさんをしてからおかしくなり、授業中も、心ここにあらず状態で、ボーっとしている感じになってしまいました。

                  どうやら、ちゃんとコックリさんを返せなかったようです。2人は2〜3日で回復したのですが、1人は1週間たってもぼうっとしていて、ついには学校へ来なくなりました。普段は活発な子でしたが、下の方を見ていて、口からは言葉が全く出なくなりました。

                  この女の子は1カ月位して戻ってきましたが、数か月はあまりしゃべらなかった気がします。

                  他のクラスでもおかしくなる人が数人出てしまい、ついに学校ではこっくりさんは禁止になりました。私は興味はありましたが、実際に参加する勇気がなく、友達がやっているのを遠目で見るくらいが精一杯でした。

                  共通して言っていたことは、初めは10円玉はゆっくり動くけれど後半からすごいスピードで動くようになるというのでした。ほとんど勝手に動いていくと・・・。

                  学校で禁止されてから数年間は、コックリさんのことを忘れていましたが、それから3年後中学2年のとき、短大へ通うため遠くに暮らしていた姉が、友達を連れて家に戻ってきた時でした。

                  姉は私が中学校から帰ってくると、昼間私が中学校へ行っている間に、女友達3人で私の部屋でコックリさんをしたと言うのでした。ただ、途中でやめてしまったと言うのです。

                  私は 「なんで〜!」と姉に少し怒って言いました。

                  こっくりさんを呼んでおいて、ちゃんと返さないといけないことは、わかっていたけれど、どうしても帰ってくれなかったと姉は言うのです。私は不安になりました。

                  そりゃ〜、姉は自分の部屋に寝るし、友達はそれぞれの家に帰っているからいいけど、ここは私の部屋!一人でいるとすごく不安で嫌な感じがしました。

                  夜になると、いつもは気にしてなかった窓の外がすごく気になって、布団に入ってもなかなか寝付けませんでした・・・

                  次回へ続く・・・次回は金縛り体験です
                  | 霊的体験・金縛り対策治し方 | 16:06 | comments(0) | trackbacks(0) |
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